テニスクラブのContrast 〜コーチ室、騒動における対比。〜

例え、レッスン中に生徒にボールをぶつけられよーが接近しすぎて蹴られようが
プリンステニスクラブのコーチ室ではレッスンが終わってからも
それぞれが平和に仕事に励む。

今日だってそのハズだった。

しかし今、そんな平和を乱そうとする奴の魔の手…もとい、魔の足が忍び寄っていた。



第一発見者はサブコーチの菊丸英二氏だった。

 ゴソゴソ

「へへへー。」

子供の頃から甘いものが大好きで、大人になった今もデスクワークの最中には
飴やらチョコやらを食している菊丸氏は
この日も自ら持ち込んだ飴―どーやらコンビニの新製品らしい―の袋を
いそいそと楽しそうに開けているところだった。

「いっただっきまーす♪」

菊丸氏は飴を一個取り出すと、それをポーンと投げ上げてうまいこと口でキャッチする。
この場合、間違っても『一体お前は何歳だ!』とゆー突っ込みを入れてはいけない。

「あ、コレおいし〜☆」

至極嬉しそうな菊丸氏の顔は子供の頃からまるっきし変わっていない。
で、自らを実験台にしたところ、満足いく結果を得られた彼は

「桃も食べてみる?」

隣に座っている自分の後輩にも勧めた。

「おっ、いいんスか?じゃ、遠慮なく。」

桃城氏はフンフンと鼻歌を歌いながら飴の袋に手を入れ、
菊丸氏は後輩が袋をゴソゴソしている間何気なく自分の机の上に目をやった。

 カサカサカサ

「え…?」

そして、不運にも動体視力に定評のある彼は見てしまった。

彼の机の上を横切るものを。

「うわあぁぁぁーーーーっっ!!!」

コーチ室中に菊丸氏の素っ頓狂な声が轟いた。

「ゴキブリだにゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

瞬間、プリンステニスクラブのコーチ室に動揺が走る。

「何やねん、やっかましいなぁ。」
「今何ておっしゃいました、ゴキブリ?」
「って何でそんなもんが出るんだよっっっ!!」
「ゴキブリごときで騒ぐとは、たるんどる!!
「アンタの声おっきぃっス。」
「と、とにかくエージ、落ち着け!」

まずは近くのサブコーチ陣が口々に言う。
しかし、当の菊丸氏はそれどころではない。

「ヤダヤダヤダーっ、ゴキブリ嫌いーーーーーーーー!!!」

 ガターン!!

別に菊丸氏に限らずとも大抵の人はゴキちゃんが嫌いだと思うが、
そんな冷静な突っ込みを入れてる場合ではない。

ともあれ叫びながら菊丸氏はいきなり椅子から飛び上がったもんだから、
先輩の手の中にある飴の袋を探ってた桃城氏は哀れにもそれに巻き込まれた。

「ちょ、ちょっとエージ先輩って、おわーーーっ?!

 ドサドサドサ!

たちまちの内に飴が宙を舞い床に落ち(ああ勿体無い)
桃城氏はガッ ドンッと椅子から転がり落ちる。

「いってぇ…」

 カサカサカサ

「ん?」

したたかに打ちつけた頭や腰をさすっていた桃城氏はあからさまに不審な物音に
先輩と同じ道を辿った。

「うどわあぁぁぁぁぁぁぁっ?!」

桃城氏もまたえらい勢いで椅子から飛び上がり、
しかし彼の場合は背中を壁にぶつけてしまう。

「うあああああ、桃ーっ?!」
「菊丸さん、それより早くゴキブリを何とかしないと!」
「そ、そだにゃ、鳳の言うとーり。えーと殺虫剤殺虫剤って…どこにあんのーっ?!」

菊丸氏がパニくって辺りをキョロキョロしている間にゴキブリ君はそこいらを徘徊しだす。

「ちょっちょっ!鳳の方に行ってんで、アブラムシがっ!!」
「うっ、うわあっ、カンベンしてくださいよっ!てゆーか先輩、アブラムシって何ですか?」
「こんな時にしょーもないこと聞くなっ!!」

………念のため解説しておくと『アブラムシ』っちゅーのは
所謂アリマキのことではなくゴキブリさんの別称である。
今時、若い関西人でゴキブリをアブラムシなんていう人は
早々いないと思われるがそれはともかく。

「あーっ、橘さん!ゴキブリがそっちに!」

今度は神尾氏が叫ぶとそれまで黙っていた橘氏が自分の机の中を探る。

「落ち着け、神尾。確か俺のトコに殺虫剤があったはずだ…そら。」

騒ぐ周囲の中で彼は冷静に、手にしたスプレー缶を事の元凶に向けてノズルを押す。

 シューーーーーーーーーーッ!

「やったぁっ、命中だにゃっ!!」
「でも、ゴキブリが弱ってる様子がありませんけど…?」

 シューーーッ シューーーッ!

「ねえ、それって殺虫剤じゃなくて制汗剤じゃないの?」

  ピシッ。

越前氏の台詞に周囲は硬直した。

しばし流れる沈黙。

「ス、スマン。」

謝る橘氏の額には密かに汗が。

「お前なーっ、何ベタベタのボケしてんねんっ!!」
「橘さん…」
「実は動揺してたのかな、ハハ、こりゃタイヘン…」

忍足氏が突っ込み、神尾氏が嘆き、大石氏が爽やかに冷や汗を掻いている間にも
ゴキブリ将軍の進撃は続く。

  カサカサカサカサ

"AAAAAAAAAAAAAAAAAAUGH!!!"
 (訳:ぎゃあああああああああ)

「テメーっ、越前!いきなし横文字で叫ぶんじゃねーって…わーっ?!」
「アホ、こっちに逃げる奴があるかい!」
「全くたるんどる!さっさと始末すればよかろうが!」
「ほな真田、お前が斬り捨ててくれたらえーやないか。」
「き、斬り捨…!?貴様、俺を何だと思っている、辻斬りか何かか!!」
「よせ2人とも、問題が違うぞ!!」
「に゛ゃーーーーーっ、ゴキが飛んだぁぁぁぁぁぁっ!!」

事態はもっと厄介なことになった。

サブコーチの机が大騒ぎになっているこの間、メインコーチの6人は
知らぬ存ぜずを決め込んでいたのだが(関わりたくなくて)
ゴキブリ将軍がとうとう空からメインコーチの陣地に突入してきたので
そうも行かなくなってしまったのだ。

「…只でさえ今日はが俺様に球ぶつけるわ無視しやがるわだったってのに。」

跡部景吾氏はブツブツと呟いていた。
彼のコーヒーカップ(ちなみに自前)を持つ手はワナワナと震えている。

「今度はゴキブリだと?!ふざけてんのか、あ゛あ゛っ?!」

  ガッターン!!

「まーまー跡部クン、落ち着いて。それにちゃんとゴキブリは関係ないんじゃない?」
「テメーは黙ってろ、千石!」
「でも、どうしてゴキブリなんか出たのかな…」

完全にぶちギレて千石氏に喚き散らす跡部氏を横目に冷静に言うのは不二周助氏。
しかし、微妙に笑っている辺り実はこの状況を楽しんでいる可能性も否めない。

「どーせ桃城君が原因でしょ!」

跡部氏ほどではないが憤慨しているのは観月氏である。

「いつもいつも机を掃除しないでほったらかしにしとくのは彼ですからね!!」
「いや、決めつけるのはどーかと思うよ、観月。」

佐伯氏がフォローを入れるが観月氏は聞いちゃいない。

その間にもゴキブリ将軍はメインコーチ達の頭上を飛んでいる。

「うわうわうわーっ、今日はやっとちゃんとお近づきになれたからラッキーデイだと思ったのになー。ゴキブリさんとはねー。」
「何がちゃんだこの極楽トンボ!!呑気なこと言ってんじゃねーぞっ!!」
「あっ、今ゴキブリが跡部クンの机の下通ってったよ!」
「さっさと言え、この馬鹿野郎!!」

跡部氏は怒鳴って殺虫剤を探しにかかる。
いつの間に着地したのか、ゴキブリ氏はどうも現在メインコーチ達の
机の下を進撃中のようだ。

「わわっ!今度は俺の机の下だよ!」
「何考えてんですか、千石君!机に乗っかるなんて!」
「サエさん、何とかやっつけられない?」
「そりゃ目では追えるけど、机の下に入られちゃ手が入らないよ。」

騒ぐ人たちの横には妙に冷静な人たち。
おお、ここで密かに対比が出来上がっている。

何て言ってる場合じゃない。

 カサカサカサカサカサカサ

『わーーーーーーーーーーーーーーっ?!』

メインコーチ達の机もたちまちのうちに大騒ぎになった。

観月氏はパソコンに上られちゃたまったもんじゃない!と机からキーボードカヴァーを引っ張り出し始めた。

机の上に座り込んでいた千石氏は思わず置いていた招き猫を抱っこしてしまった。

跡部氏は激しく呪詛の言葉を撒き散らした。

さっきまで比較的落ち着いてた不二氏と佐伯氏も2人して自分達の机から高速離脱した。

「誰か、何でもいいからさっさとあのゴキブリ殺しやがれっ!!」
「だったら貴方が直接攻撃なさったらどーですかっ!!」
「ああっ?この俺様がんなことするわけねーだろっ!!」
「跡部クン、そんなにキレたら脳溢血起こすよ〜?」
「ウルセェっ、寧ろテメーがやれ!!」
「いやー、アブラムシに直接攻撃すんのはちょっとねぇ〜…アッハッハ。」
「何の為の動体視力だっ、役立たず!!」

メインコーチの大半がこんな状態なんだから、そもそもの元凶である
サブコーチ達の方も更に騒ぎが拡大していた。

「どわーっ、またこっちに飛んできたっスよ、エージ先輩!!」
「わーん、ヤダヤダマジでー!!早く誰か退治してよ〜っ!」
「ダメですよ、2人ともそっちに退却しちゃ!乾さんにぶつかっちゃいますって!」

 "My mother has killed me, My father is eating me..."
 (訳:おかあさまがわたしをころした、おとうさまはわたしをたべてる…)

「アカンっ、越前がトチ狂うてマザーグース歌ってるし!!それも物騒なモン!!」
「越前、内容が状況と合ってないぞ。」
「大石、そーゆー問題ではないと思うが…」
「とか言いながら橘さんっ、俺のヘアスプレーを掴まないでくださいっ!!」

  わーわーギャーギャーピーピー

騒ぎは飛び火しまくって治まることを知らない。

そして、それまでずっと黙って緑茶をすすっていたこの男がとーとー立ち上がった。

「全員、グラウンド30周!!」

  シーーーーーーーーーーーーーーーーーン

辺りは一瞬、見事なまでに静まり返った。

「…………手塚、お前今なんつった?」

まず引きつった顔で言ったのは跡部氏である。

「うっわ、なっつかしー。グラウンド30周だにゃぁ。」
「て、手塚先輩、中学ん時じゃないんスから…」

菊丸・桃城両氏も口をそろえて言う。

ついでに他のコーチ達もジロジロと手塚氏を信じられないものでも
見るよーな目で見ている。

ここまで来るとさすがのポーカーフェイス(単に仏頂面とも言う)の青年も、
気恥ずかしかったのかゴホゴホと咳払いをして誤魔化そうとゆーありえない行動に出た。

「すまない、つい癖でな。」

"You still have lots more to work on."(訳:まだまだだね)

「うわうわー、青学って厳しかったんだねぇ。
 俺なんか地味'Sの南クンだったからラッキー♪」
「大体、混乱故の奇怪な言動をするとは、たるんどる!!
「……お前の日本語も大概理解しにくいわ。」

 プ〜ン

…………………………………。

「って、呑気に真田に突っ込んでる場合ちゃうし!!」
「こちらとて貴様と漫才をする気はないわっ、馬鹿者!」
「てゆーか、マジマジ殺虫剤はどこなのさー!!」
「その辺の下敷きで叩きゃいーじゃないですかっ!!」
「ヤダにゃーっ、だったら神尾の下敷き貸してよねっ!」
「アンッタはガキかーっ!!」

最早、ゴキブリ将軍が決死で突入した敵陣は大混乱だった。
このまま作戦が成功して隊に生還出来たら彼は昇進して大将になれるかもしれない。

 バシッ バシッ

「サエさん、そっち行ったよ!」
「オッケー、そらっ!ってダメだ、逃げられた。」
「サエさんから逃げるなんて…なかなか素早いね、このゴキブリ。」
「感心は出来ないけどね。」

同僚達がうかうかとゴキブリ将軍の作戦にハマって話になってない間、
不二周助氏と佐伯虎次郎氏の2人だけは
ゴキブリ将軍の素敵昇進計画を阻もうとするが、それもどうもうまくいってない。

しゃがみこんで床を凝視するお2人さんの手にある丸めた新聞紙が酷く悲しい。

「このっ!あ、不二、今度はそっち!」
「えいっ!ダメだ、また机の下に入られてる。」
「このヤロ、ぶっ殺す!!」
「あ、また跡部の机の下に入ったみたいだ。」
「クスクス、命知らずのゴキブリだね。」

不二氏は微笑んでいるが、現状は笑えない。

「わっわっ、うわわわわーーーっ!!」

 ゴロッ ガンッ

またも宙を舞ったゴキブリさん(現在昇進希望中)に驚いて
千石氏(腕には招き猫)が机から転がり落ちていく。

最早、現場の混乱は収拾がつかなくなっていた。

「不二、明日は昼飯どうするんだい?」
「そうだね、英二に誘われなかったら一人でてきとーにしようかなって…」

とうとうゴキブリさんとの戦争ごっこに飽きた幼馴染達は呑気に語り合う。
彼らの頭の上では本やら書類やらがバサバサ落ちる音とか悲鳴とかが聞こえる。

「何かこんな風に机の下に潜ってると子供の頃を思い出すね。」
「うん、よく狭いトコに潜って親に怒られたっけ。あ、不二、サボテンは大丈夫?」
「だああっ、いー加減にしやがれっ!!」

とうとう跡部氏がぶちギレた。
彼にしてみりゃ今日は生徒に球を何度もぶつけられて機嫌が悪かった所へ
ゴキブリ将軍の襲来を受けたんだからこれは無理もあるまいと思われる。

「どいつもこいつも並みにボケまくりやがって!!
 もーいいっ、俺様がこの状況を何とかしてやる!!」

そこへタイミングよく橘氏が言う。

「殺虫剤が見つかったぞ。」

当然だが、コーチ室中の人目は一気に彼に注がれ、歓声が上がる。

「マジマジー?!橘、やっるー!」
「それはいーけど、さっきみたいに制汗剤とかヘアスプレーだったりしないっスよね?」
「大丈夫だ、越前。ラベルを見ろ。」
「へぇ、今度こそホンモノっスね。」

そんな橘氏と越前氏の会話を聞いて、血相を変えた跡部氏がいち早く動いた。

「貸せっ、橘!」
「?! おいっ!!」
「あーっ、跡部さんズルいっスよ!」

しかし、生徒にまで『俺様』呼ばわりされている跡部氏はサブコーチ達の
抗議なんぞ聞いちゃいない。
そのまま橘氏から奪った殺虫剤を使用にかかる。

 シューーーーーーーーーッ!!

「って、何自分の机の周りだけ殺虫剤撒いてんねんっっ!!」
「ウルセー、他のことなんて知ったことか!」

かなり頭にきている跡部氏は忍足氏の突っ込みも物ともせずに、
とんでもないことを口走る。

「うああぁぁっ、何て人だ、相変わらず!!」
「最悪ですね、跡部君!」
「観月が言えることじゃないんじゃない?」
「どーゆー意味ですか、不二君?」
「さあ?」
「お前ら黙れっ、ゴキブリがどこかわからねーだろがっ!!!」

跡部氏が怒鳴ったので、中学の頃からの因縁がある観月氏と不二氏は口を噤む。
普段はともかく、こればっかりはさすがにご尤もだったので。

一方、今季最多の怒声回数をマークした跡部氏は橘氏から借りた…
もとい強奪した殺虫剤片手に索敵を行っていた。

「どこにいやがる、ゴキブリ野郎…」

 シャコシャコシャコシャコ。

「跡部先輩っ、あっちです!」

後輩である鳳氏の声を合図に跡部氏は黒い敵を追う。

しかし向かうとこ敵なしを自慢とする跡部氏といえどターゲットはなかなかに強敵だった。

追えば逃げる、きっちり攻撃を仕掛ける(単に辺りを飛ぶだけ)、しかも速い。
跡部氏が旧陸軍の航空母艦ならゴキブリ氏は駆逐艦か。

しかも、事ある毎に『あっ、壁にいるにゃっ!』『わーっ、俺の本の上にー!!』
"A riddle, a riddle, As I suppose;"(訳:なぞなぞなあに)とか
騒ぐ連中が居た日にゃ、任務遂行は困難である。

だが、ピンチの後にチャンスあり。捨てる神ありゃ拾う神あり。

ゴキブリ氏の動きが、ピタと止まった。 辺りはシーーンとなる。

プリンステニスクラブのコーチほぼ全員の目は、とある一点に集中していた。

……即ち、黒いキャップの上。

「どうした、ゴキブリは退治できたのか?」

たるんどるを連呼していた真田氏が不思議そうに声を上げた。
彼には珍しくどうも状況を理解していないらしい。

そこへ、跡部氏がゆっくりと近づく。

「やっと見つけたぜぇ、ゴキブリ野郎。」
「なっ、何をするつもりだ跡部!気でもふれたかっ!?」

自分に向けられた殺虫剤のノズルを見て真田氏は狼狽する、
が、跡部氏はお構いなしだ。

「ゴチャゴチャうるせーんだよ。真田ぁ、そこ動くんじゃねーぞ。」
「よ、よさんか、俺は殺虫剤をかけられる覚えはない!!」
「そこだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「やめろーーーーーーーーーーっ!!!」


  シューーーーーーーーーーーーー!!
  ブ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン

…………………………。

「バカヤローッ、テメーが動いたせいでゴキブリを逃したじゃねーかっ、
 どーしてくれんだ、アーン?!」
「バカは貴様だっ、このたわけが!先に人を巻き込まないようにする方法を
 考えるべきであろうっ!!」
「ハアッ?!やっぱバカだろ、お前。この状況でいちいちてめぇの
 身の安全なんざ確保してられるかってんだ!」
「なっ、何たる言い草っ!忍足といい貴様といい、俺を一体何だと…!」
「跡部、真田、くだらない言い争いはよせ。」
「てめーは黙って茶でもすすってろ、手塚!!」

この間にも他のコーチ達の一部は自らゴキブリ退治にかかる。

「あーっ、忍足、そっちそっち!」
「アホ、こんなんどつけるかいっ!神尾、任せた!」
「リズムに乗るぜっ!」
「乗らなくていーからっ!」

こーして、状況は以下のとおりになった。

口論中(子供の喧嘩とも言う):跡部、真田
退治作戦実行中:菊丸、桃城、忍足、神尾、鳳、橘、大石
現実逃避中:不二、佐伯、手塚、越前
その他:千石(机から降りてこない)、観月(座ったまま髪の毛を弄くってる)

結局のところ、コーチ軍は半数以上が戦意を失っているとゆーことである。
これで、ゴキブリ将軍の勝利は確実と思われた。

が。

「えーい、菊丸ショットぉーッ!」 バシッ
「どぉりゃっ!」 ベシッ
「ていっ!」 ドギャッ!

 シャコシャコシャコシャコシャコ

「うっわ、こっち来たし!」
「どうにもこうにも素早い奴だな…っと、それ!」
「あっ、また逃げましたよ!」
「こりゃ大変。えいっ!ダメだ、もう少しだったのに。」

さっきまでパニックが酷かった残りの人達は思いのほか
戦意を失わず、果敢に挑戦していた。

勿論、当のゴキさんはヒラリヒラリと身をかわし攻撃から見事に逃げているが、
大の男が7人がかりで攻撃している為状況は先程よりもやや不利だ。

「アカーン、このアブラムシ全然捕まらへんやないかー!」
「こりゃ追い詰めるしかないな。」
「おーいし、めいあーん!みんなでわーって囲って、逃げ道塞いじゃおう。」
「でも、どこに追い詰めたらいいんでしょう?」
「えーやん、適当にあっちの壁で。」

かくして、作戦は決行された。

「ええか、絶対跡部と真田の方にアブラムシやったらアカンで!」
「そーっスね、あの人達のせいでまた逃げられかねねぇし。」
「うちの不二先輩のトコもダメだ。後が怖ぇのなんのって…」

会話は呑気だが行動はその限りではない。

バシバシ ビシビシ パンパン

けたたましいとはよく言ったもんだ。

「おい、この戦争終わるのかよ?」 パンッ
「終わらせるしかねーだろ、神尾よ。」 ベシコッ
「あのさ、これ、いつから戦争になったのかな???」 バシッ

ま、そんなこんなしている内に、とーとー戦いの終局が見えてきた。

「………あっちはアカン言うたやないか。」

忍足氏がブツブツと言った。

「だってゴキがあっち行くんだもん、しょーがないじゃん。」

子供のように頬を膨らませるのは菊丸氏。

「なってしまったものは仕方がない、あいつには後で謝ろう。」
「果たして許してくださるんでしょうか?」

淡々としている橘氏と、ちょっと不安げな鳳氏。

「大丈夫さ、ダメだったらみんなで何もなかったことにしてしまえばいい。」
「んな無茶な、相手が悪すぎだ!」
「何がともあれ、やるしかねーな、やるしかねーよ。」

爽やかにとんでもないことを口走る大石氏に突っ込む神尾氏、
トリは何故だか桃城氏である。
その7人さんが視線を向けるはただ一点………。

この時、真田氏と跡部氏は今だしょーもないことを言い合っていた。

「大体お前という奴は子供の頃から派手好きで…!」
「アーン?んな小せぇことまだ気にしてんのか、せせこましい男だな。」
「何がせせこましいかっ!!お前が無頓着すぎるのだろーが!
 聞いているのか……ん?何だ、お前達は。」

さすがテニスをしてない時は武芸の修行に励んでる真田氏、
跡部氏とわーわー言いながらも自分の背後で膨れ上がる
妙な気配に気がついたようだ。

「真田、スマンな。」
「でもコーチ室の平和の為なんだよね〜。」
「本当に申し訳ありません、お叱りなら後でいくらでも受けますから。」
「な、何の話だ。」

とか何とか言いつつも、真田氏は自分の目の前に迫る7人が
全員丸めた新聞紙やら雑誌やらを握っていることに気づいて冷や汗を流す。
どうやら跡部氏も気がついたようで、ニヤニヤしている。
しかも、いつの間にやら自分も丸めた新聞紙をきっちり持ってて
ひじょーに楽しそうだ。

「諦めろ、真田。テメーはこーゆー運命なんだよ。」
「馬鹿もたいがいにしろ、何故俺が…」
「みんな、行っくよー!!」
「よせと言うにーーーーーーー!!!」

だがしかし、そんな真田氏の叫びなぞ誰も聞いてるわけがない。

バシバシバシバシバシバシ    ボトッ

「やったーっ、ゴキブリ撃墜だぜっ!!」

桃城氏が叫んだ瞬間、コーチ室中に歓喜の声が上がった。

「不二、終わったみたいだよ。」
「へぇ、よかった。一時はどうなるかと思ったよ。」
「みんな騒ぎすぎだよ〜、もっとうちのちゃんみたいに冷静にならないとねっ。」
「招き猫片手に机によじ登った方が言えることですか?」
「う゛っ……!」
「終わりよければ全てよし、だ。気にすることはない。」
「ハン、茶ぁ飲んでて参加しなかった奴がよく言うぜ。」

一方、サブコーチの机の方もさっきとは別の意味で盛り上がっている。

「ハーッ、怖かったにゃぁ〜。」
「エージ先輩、一番パニくってましたもんね。」
「本当にお疲れ様です。」
「誰かー、真田を医務室に運ぶの手伝ってくれないかー。」
「え゛、真田さん気絶したのかよ?」
「俺が手伝おう、大石。」
「おい、越前、目の焦点うてへんで?生きてるかぁ?」
「…生きてるっスよ、一応。てゆーか、さっきから何か忘れてる気がするんだけど。」
「そういえば…」

越前氏の言葉に鳳氏が首をかしげる。
そこで彼はふと、自分の背後でカタカタという音がするのに気がついて振り返った。
同時にメイン・サブ問わずコーチ達が全員そっちを見る。

1人、パソコンのキーを叩いているとある御仁を見て。

「よし、出来た。」
「あの、乾さん…」
「ん?」

同僚に声をかけられて、パソコンから顔を上げた乾氏はキョトンとした。

「何だ?」
「何、じゃありませんよ、」

鳳氏はあきれ返ったように言う。

「今まで何なさってたんですか?」

すると乾氏は、ああ、と言ってニッコリと笑った。

「パニック時における各自の行動パターンを記録してたんだ。
 あのゴキブリのおかげでなかなか興味深いデータが取れ…
 おや、みんなどうしたんだい?」

乾氏はいたってボケておられるが、どしたもこしたもへったくれもない。

『乾ーーーーーーーーーーーっ!!』

「乾っ、サイテーだにゃ!」
「俺達が大変だった間、ずっとデータ取ってた訳っスか?!」
"Good grief..."(訳:やれやれ…)
「フフ、さすが乾。見事にやってくれたね。」
「不二、目が笑ってないよ。」
「全く、何てことですか!!許しがたいにも程がある!」
「…俺はどうやら昔、何か間違ってるのをチームに抱えてたらしいな。」
「手塚クン、嘆かない、嘆かない。でも、俺も今回はちょっとカンベンならないかな〜、
 アハハ。」

「誰かこいつを殺せ、今すぐ殺せ!つーか寧ろ、俺がぶっコロス!!」
「よしてくれ、跡部。俺は明日お前と仕事だぞ。」
「問答無用だ、コノヤロウ!!」
「あーっ跡部さん、俺にも殴らせてくださいよーっ!!」
「あ、ダメですよ、乾さん。今回ばかりは逃げてもらっては!」



そうして数分後。

「おいおい、また死体…じゃなかった、医務室行きが増えてるな。橘、どうしようか。」
「仕方がない、運ぼう。乾も大概大柄だがどうにかなるさ。」
「そうだな。あ、誰かゴキブリの死体を片付けといてくれ。」

こうして、コーチ室で勃発したゴキブリの乱は2人の犠牲者を出して幕を閉じた。

ちなみに、ゴキブリの原因は始めに観月氏が指摘したように
桃城氏の机が汚かったことであることが判明し、
以降彼が再び引き出しにお菓子のくずを溜めたりしないように
サブコーチ達が当番制で見張ることになったという。

「結局てめーかーっ、桃城!!」
「だあぁぁぁぁっ、跡部さんっ、置きもんで殴るのはヤバイっスよー!!死ぬ死ぬー!!」

To be continued.

作者の後書き(戯言とも言う)

やっと出来たー!!遅いにも程があるけど、突っ込まんといて(笑)

とにかくやりました。3D周すん(友人)と共に暖め続けたゴキブリネタです!
会話が無駄に多くてスイマセン、頭の中でアニメ絵を、パソコンでサントラ2の「てんやわんや」を再生しまくり、
書いてる最中に猫商人が読んで大爆笑する中書き上げました。

友人とネタを考えたのが大分前なので当初の予定と随分違うとこがありますが。
でも、真田氏のキャップにゴキブリってのは譲れませんでした。

テンション高いですが、皆さんどうぞ笑ってください。

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